2018年7月末,東京国立博物館に「縄文」特別展を訪ねた。
その後,東洋館の「明清の山水画」展と科学博物館の特別展「昆虫」に立ち寄ったので,とても疲れた。
その後,東洋館の「明清の山水画」展と科学博物館の特別展「昆虫」に立ち寄ったので,とても疲れた。
(1) 縄文土器
◎ 微隆起線文土器 縄文草創期 青森県六ケ所村出土 高さ30.3㎝:
(カタログより)
底が尖った尖底の土器。
表面には微隆起線文様が施されている。これは指やへら等で粘土を線状に盛り上げた模様。
全体の形を見ると,口縁から胴部を経て底部に至るまでS字状にカーブし,さらに底部に下りるにしたがって張りつめた乳房形を描くように引き締まっていく。その形がよい。
展示されている縄文土器を見ていると,左右相称のものがないように思える。この微隆起線文土器,形は左右相称なのだが,微隆起線のうねり具合がわずかずつ異なる。
そして,細い線が波打つことで土器に緊張感のある表情を与え,波動の振幅がわずかなことから調和が生れている。
また,口縁部直下の5本の隆起線には,所々,短周期の大きな波形が描かれていて,意匠的だ。
これまで,縄文は土器の表面に縄を押し付けながら転がせてつけたものと思い込んでいた。それはそれでよい味わいを出す場合もあるだろうが,この土器はそのようなものではない。
明らかに創作意欲に満ちた卓越した製作者がいて,これを作り上げたのだと思う。
カタログの解説には「縄文土器の原点でありながら,すでに1万年に及ぶ縄文美の器の到達点がここにある」とある。
まったく同感だ。
(カタログより)
底が尖った尖底の土器。
表面には微隆起線文様が施されている。これは指やへら等で粘土を線状に盛り上げた模様。
全体の形を見ると,口縁から胴部を経て底部に至るまでS字状にカーブし,さらに底部に下りるにしたがって張りつめた乳房形を描くように引き締まっていく。その形がよい。
展示されている縄文土器を見ていると,左右相称のものがないように思える。この微隆起線文土器,形は左右相称なのだが,微隆起線のうねり具合がわずかずつ異なる。
そして,細い線が波打つことで土器に緊張感のある表情を与え,波動の振幅がわずかなことから調和が生れている。
また,口縁部直下の5本の隆起線には,所々,短周期の大きな波形が描かれていて,意匠的だ。
これまで,縄文は土器の表面に縄を押し付けながら転がせてつけたものと思い込んでいた。それはそれでよい味わいを出す場合もあるだろうが,この土器はそのようなものではない。
明らかに創作意欲に満ちた卓越した製作者がいて,これを作り上げたのだと思う。
カタログの解説には「縄文土器の原点でありながら,すでに1万年に及ぶ縄文美の器の到達点がここにある」とある。
まったく同感だ。
◎ 176 獣面把手付深鉢形土器 縄文前期 長野県小海出土 高さ58㎝:
(カタログより)
口縁部に小さな猪の飾りがついているが,小さすぎて土器の名前にある把手には見えない。
口縁部には粘土紐を貼り付けた渦巻模様がつく。
胴部には,上記微隆起線文土器のような,粘土紐を貼り付けて隆起させた線模様がある。
一本と二本・三本の束になった隆起線は上下に不規則に配置されており,意匠性に富む。
隆起線には細かな切れ込みが斜めに施されているため,線は縄目のように見える。
その切れ込みがあまりに鋭く繊細なのに驚く。なぜここまでするのかというより,なぜここまでできるのかと呆然となった。
隆起線の間の空間にもへらが入って,模様が刻まれている。
(カタログより)
口縁部に小さな猪の飾りがついているが,小さすぎて土器の名前にある把手には見えない。
口縁部には粘土紐を貼り付けた渦巻模様がつく。
胴部には,上記微隆起線文土器のような,粘土紐を貼り付けて隆起させた線模様がある。
一本と二本・三本の束になった隆起線は上下に不規則に配置されており,意匠性に富む。
隆起線には細かな切れ込みが斜めに施されているため,線は縄目のように見える。
その切れ込みがあまりに鋭く繊細なのに驚く。なぜここまでするのかというより,なぜここまでできるのかと呆然となった。
隆起線の間の空間にもへらが入って,模様が刻まれている。
◎ 26 関山式土器 縄文前期 千葉県松戸市出土:
(カタログより)
一つの展示台に10以上の土器が並べられていて見る者を圧倒する。
多様な文様はどれも繊細で,ていねいに心を込めて施されているのが印象的だ。
特に,写真左上の土器,口縁部下の模様は,カタログの解説にあるように,「さながら機織りから生み出された織物を思わせる・・・,縄文人の卓越した表現感覚に驚嘆させられる」。
(カタログより)
一つの展示台に10以上の土器が並べられていて見る者を圧倒する。
多様な文様はどれも繊細で,ていねいに心を込めて施されているのが印象的だ。
特に,写真左上の土器,口縁部下の模様は,カタログの解説にあるように,「さながら機織りから生み出された織物を思わせる・・・,縄文人の卓越した表現感覚に驚嘆させられる」。
◎ 6 漆塗注口土器 縄文後期 北海道八雲町出土 31.2㎝:
(カタログより)
赤漆塗りで,土器ではなく木製かと思ってしまう。
黒い部分があるのは,赤漆が剥げて下塗りにした黒漆が見えるのだ。
つまり,漆塗のいくつかの行程が既にこの時代に確立されていたわけだ。
力強い線模様が土器表面に大きくうねっている。
(カタログより)
赤漆塗りで,土器ではなく木製かと思ってしまう。
黒い部分があるのは,赤漆が剥げて下塗りにした黒漆が見えるのだ。
つまり,漆塗のいくつかの行程が既にこの時代に確立されていたわけだ。
力強い線模様が土器表面に大きくうねっている。
カタログ解説にこの土器が祭器として用いられたらしいとある。
祭器としてみると,この土器は人体を模している。
上部には4本の太い線が1点で交わっている。これが顔面をつくっている。
注ぎ口を真正面にすると,左右の小さな把手が耳に,上部の突起が髷に,注ぎ口は男根に見える。
祭器としてみると,この土器は人体を模している。
上部には4本の太い線が1点で交わっている。これが顔面をつくっている。
注ぎ口を真正面にすると,左右の小さな把手が耳に,上部の突起が髷に,注ぎ口は男根に見える。
◎ 30重文 深鉢型土器 山梨県甲州市出土 縄文中期 72㎝:
(カタログより)
胴の正面にある7本の隆起線が束になって左右対称にとぐろを巻く。
巻いたところが蛇の頭だとすると,双頭の蛇だ。
しかし,胴部が女性の顔に見えないだろうか。
双頭の蛇の左右の頭が目。中央には捻じり紐が垂直に伸びているが,これが鼻筋。画像では,壺の左右に波型の模様が垂れさがっているが,これがもみあげの毛。
また,中央の捻じり紐,よく見ると両手を挙げた人物が連なっているようだ。
この壺も意匠性に富み,どう考えても素人の作品ではない。
胴の正面にある7本の隆起線が束になって左右対称にとぐろを巻く。
巻いたところが蛇の頭だとすると,双頭の蛇だ。
しかし,胴部が女性の顔に見えないだろうか。
双頭の蛇の左右の頭が目。中央には捻じり紐が垂直に伸びているが,これが鼻筋。画像では,壺の左右に波型の模様が垂れさがっているが,これがもみあげの毛。
また,中央の捻じり紐,よく見ると両手を挙げた人物が連なっているようだ。
この壺も意匠性に富み,どう考えても素人の作品ではない。
(2) 土偶
◎ 81国宝 縄文の女神 縄文中期 山形県舟形町出土 45㎝:
(カタログより)
最大の土偶だという。
抽象的で非常に洗練された造形だ。
(カタログより)
最大の土偶だという。
抽象的で非常に洗練された造形だ。
正面から見る。
顔に目鼻がないのに,なぜか見る者に強い印象を及ぼす。
乳房・腹の膨らみ・女陰部が強調されていないため,上品に見える。
体型と両足のズボンの襞?は左右相称なのだが,腰に腰布かスカートのようなものをつけていて,その模様が左右相称ではない。
顔に目鼻がないのに,なぜか見る者に強い印象を及ぼす。
乳房・腹の膨らみ・女陰部が強調されていないため,上品に見える。
体型と両足のズボンの襞?は左右相称なのだが,腰に腰布かスカートのようなものをつけていて,その模様が左右相称ではない。
側面から見る。
幻想的な肉感性をもち,エロチックである。
幻想的というのは,上半身があまりに細く,清楚なのに対して,下半身は,臀部が大きく肉感的で足が太く安定している。上・下半身が不釣り合いなのだが,破綻することなく斬新な造形になっているからだ。
幻想的な肉感性をもち,エロチックである。
幻想的というのは,上半身があまりに細く,清楚なのに対して,下半身は,臀部が大きく肉感的で足が太く安定している。上・下半身が不釣り合いなのだが,破綻することなく斬新な造形になっているからだ。
◎ 80国宝 縄文のビーナス 縄文中期 長野県茅野市出土 27㎝:
(カタログより)
私が行った時は「縄文のビーナス」の展示期間ではなかった。
しかし,私は「縄文のビーナス」を昨年京都国立博物館の「国宝展」で観ていて,鑑賞記をすでに『京都国立博物館120周年記念特別展覧会国宝2/2: 縄文のビーナスと雪舟「慧可断碑図」「天橋立図」(鑑賞)』としてのせている。
どんなことを書いたかというと,このビーナス像は三通りの見方ができるということだ。
一つ目は,多くの人がかわいいとする見方で,小さな顔・乳首・短くデフォルメされた両腕・突き出した腹部と臍・大きな腰部・太い脚からなる。
二つ目は,映像を見るとわかるが,上記の乳首を目と見ることができる。すると,両腕は耳に,腹部は顔下部に,腰部は両腕になる。極めてグロテスクだ。
三つ目は,頭部は1つ目と同じであるが,腰部としたところに女陰部をみる。そして,腹部としたところを素直に男根とみる。すると,両性具有の双頭像となる。さらにグロテスクだ。
(カタログより)
私が行った時は「縄文のビーナス」の展示期間ではなかった。
しかし,私は「縄文のビーナス」を昨年京都国立博物館の「国宝展」で観ていて,鑑賞記をすでに『京都国立博物館120周年記念特別展覧会国宝2/2: 縄文のビーナスと雪舟「慧可断碑図」「天橋立図」(鑑賞)』としてのせている。
どんなことを書いたかというと,このビーナス像は三通りの見方ができるということだ。
一つ目は,多くの人がかわいいとする見方で,小さな顔・乳首・短くデフォルメされた両腕・突き出した腹部と臍・大きな腰部・太い脚からなる。
二つ目は,映像を見るとわかるが,上記の乳首を目と見ることができる。すると,両腕は耳に,腹部は顔下部に,腰部は両腕になる。極めてグロテスクだ。
三つ目は,頭部は1つ目と同じであるが,腰部としたところに女陰部をみる。そして,腹部としたところを素直に男根とみる。すると,両性具有の双頭像となる。さらにグロテスクだ。
このビーナス像は,茅野市の棚畑遺跡から出土した物で,おそらく数百年間集落で大切にされていたという。そして破壊されることなく土中に埋められたから,現在の私たちが目にすることができる。
想像を膨らます。
像がかわいいというだけで長期間にわたって集落が大切にするだろうか。
ありえないだろう。
維持されたのはビーナス像に住民が納得する何らかの効能があったからではないか。効能とは何かというと,住民の願いをかなえたことだろう。つまり,力があったのだ。その力は畏怖すべきものであった。
上記2つ目,3つ目の見方はこの考え方に適合する。
想像を膨らます。
像がかわいいというだけで長期間にわたって集落が大切にするだろうか。
ありえないだろう。
維持されたのはビーナス像に住民が納得する何らかの効能があったからではないか。効能とは何かというと,住民の願いをかなえたことだろう。つまり,力があったのだ。その力は畏怖すべきものであった。
上記2つ目,3つ目の見方はこの考え方に適合する。
◎ 83国宝 合掌土偶: 縄文後期(前2000年~前1000年) 八戸市出土 高さ19.8㎝:
(カタログより)
「縄文人の祈りの姿そのもの」 とカタログ解説にある。
しかし,手を組んで合わせているのが現在の祈りの姿勢に似ているからといって,これは祈りの姿勢なのだろうか。
そうとは限らない。思い込みを断定すれば,言葉が独り歩きする。
孔子のいうように,物事を始めるには 「必也正名乎: 必ずや,名を正さんか」 が必要だろう。
現在の祈りの姿勢を当てはめるとすれば,顔をあげているのは妙だ。
口を開いているのは,何か唱えているとでもいうだろうか。
民俗学的・考古学的比較検証が必要に思える。
(カタログより)
「縄文人の祈りの姿そのもの」 とカタログ解説にある。
しかし,手を組んで合わせているのが現在の祈りの姿勢に似ているからといって,これは祈りの姿勢なのだろうか。
そうとは限らない。思い込みを断定すれば,言葉が独り歩きする。
孔子のいうように,物事を始めるには 「必也正名乎: 必ずや,名を正さんか」 が必要だろう。
現在の祈りの姿勢を当てはめるとすれば,顔をあげているのは妙だ。
口を開いているのは,何か唱えているとでもいうだろうか。
民俗学的・考古学的比較検証が必要に思える。
(3) その他
◎ 9重文 尖頭器 旧石器時代末期から縄文草創期 前16000年~前10000年 長野県南箕輪村出土 最大25.1㎝:
(カタログより)
尖頭器にするには,材料となる頁岩や黒曜石に石や鹿の角を打ち当てて,割って形を整えていく。
それだけで,どうしてこのように表情豊かな文様をもつ石器が生れるのか不思議でならない。
私がいう表情豊かな文様とは何かというと,尖頭器の割り跡表面に山と渓谷と人面が見えないだろうか。
飛躍的だが,例えると北宋の画家郭煕の『早春図』に描かれた怪奇な山々のようだ (怪奇な山々はその後明の時代まで様々な画家に引き継がれていく)。
つまり,尖頭器の風景には中国山水画で希求されたような神仙の住む山川の世界に共通するものがあるように私には思える。
その気になれば,尖頭器の模様に自分の好みの映像を探すことができるだろう。
(カタログより)
尖頭器にするには,材料となる頁岩や黒曜石に石や鹿の角を打ち当てて,割って形を整えていく。
それだけで,どうしてこのように表情豊かな文様をもつ石器が生れるのか不思議でならない。
私がいう表情豊かな文様とは何かというと,尖頭器の割り跡表面に山と渓谷と人面が見えないだろうか。
飛躍的だが,例えると北宋の画家郭煕の『早春図』に描かれた怪奇な山々のようだ (怪奇な山々はその後明の時代まで様々な画家に引き継がれていく)。
つまり,尖頭器の風景には中国山水画で希求されたような神仙の住む山川の世界に共通するものがあるように私には思える。
その気になれば,尖頭器の模様に自分の好みの映像を探すことができるだろう。
もちろん尖頭器製作者は機能的な使いやすく長もちする石器を作ろうとしたのだろうが,機能性の追求だけではこのような文様が造れるとは思えない。
石の中に内在するものを,いかに美しく表出させるかという作者の意志を感じる。
まるで,彫刻家だ。
石の中に内在するものを,いかに美しく表出させるかという作者の意志を感じる。
まるで,彫刻家だ。
◎ 142重文 仮面 縄文晩期 北海道千歳市出土 17.9㎝:
(カタログより)
カタログ解説には「縄文のデスマスクか」とある。
写実性を重視しており,表情は抑えられているが繊細な内面性の描写に優れている。
どちらかといえば平坦な顔で,鼻が小さく鼻筋が通っている。眉は半円形だ。これは弥生人の特徴なのだが,どうなっているのだろうか?
(カタログより)
カタログ解説には「縄文のデスマスクか」とある。
写実性を重視しており,表情は抑えられているが繊細な内面性の描写に優れている。
どちらかといえば平坦な顔で,鼻が小さく鼻筋が通っている。眉は半円形だ。これは弥生人の特徴なのだが,どうなっているのだろうか?
(4) 気になったもの
◎ 岡本太郎の「太陽の塔」の原点となるような作品がいくつもあった。
◎ 39重文 壺型土器土 縄文晩期 42㎝ 青森県十和田市出 42㎝:
雲形文が描かれていて,形よく,力強い。
◎ 39重文 壺型土器土 縄文晩期 42㎝ 青森県十和田市出 42㎝:
雲形文が描かれていて,形よく,力強い。
◎ 79国宝 火焔型土器 新潟県十日町市出土 縄文中期 34.5㎝:
この特別展に展示されている作品の多くに,専門的であり高度な技量と革新的なものを創造しようとする意気込みを感じる。
この特別展に展示されている作品の多くに,専門的であり高度な技量と革新的なものを創造しようとする意気込みを感じる。
◎ 90重文 板状土偶 青森県三内丸山遺跡出土 縄文中期 32㎝
◎ 96 ポーズ土偶 山梨県笛吹市出土 縄文中期 25.4㎝
◎ 99重文 土偶 青森県野辺地市出土 縄文後期 32㎝:
◎ 105重文 ハート形土偶 群馬県東吾妻町出土 縄文後期 30.3㎝
◎ 115重文 遮光土偶 縄文晩期 青森県つがる市出土 34.2㎝:
写真が教科書に載せられているので,「日本で最も有名な土偶」 とカタログ解説にある。
目が大きく,その下には嘴のようなものがある。
素直に見ると,これは鳥人間の系統に属するのではないかと思う(拙ブログ:「ラスコー洞窟壁画『井戸の場面』について 新知見をもとに考えたこと(改訂版)」で言及した)。
◎ 96 ポーズ土偶 山梨県笛吹市出土 縄文中期 25.4㎝
◎ 99重文 土偶 青森県野辺地市出土 縄文後期 32㎝:
◎ 105重文 ハート形土偶 群馬県東吾妻町出土 縄文後期 30.3㎝
◎ 115重文 遮光土偶 縄文晩期 青森県つがる市出土 34.2㎝:
写真が教科書に載せられているので,「日本で最も有名な土偶」 とカタログ解説にある。
目が大きく,その下には嘴のようなものがある。
素直に見ると,これは鳥人間の系統に属するのではないかと思う(拙ブログ:「ラスコー洞窟壁画『井戸の場面』について 新知見をもとに考えたこと(改訂版)」で言及した)。
◎ 128 顔面付壺型土器 茨城県筑西市出土 弥生中期 68.4㎝:
中国仰韶文化(BC 7000年-BC 5000年)の人頭形器口彩陶瓶に似ている。
中国仰韶文化(BC 7000年-BC 5000年)の人頭形器口彩陶瓶に似ている。
◎ 147重文 石棒 縄文中期~後期 東京都国立市出土 112.5㎝:
カタログ解説によれば,「男性器を模した棒状の祈りの石器。豊穣と繁栄を願って作られたと考えられる。土偶と同様に意図的に破壊されたり,被熱を受けた石棒が発見されることも多い。大型の石棒が破壊されずに残った例はとてもすくない」とある。
迫力があり,心を込めて丁寧につくられたのだろう,洗練されている。
カタログ解説によれば,「男性器を模した棒状の祈りの石器。豊穣と繁栄を願って作られたと考えられる。土偶と同様に意図的に破壊されたり,被熱を受けた石棒が発見されることも多い。大型の石棒が破壊されずに残った例はとてもすくない」とある。
迫力があり,心を込めて丁寧につくられたのだろう,洗練されている。
◎ 154重文 人形装飾付有孔鍔付土器 縄文中期 山梨県南アルプス市出土 54.8㎝:
遊び?があって,面白い。
遊び?があって,面白い。